宇宙系AYAKOの日常

宇宙系、スピリチュアル大好き、日々学び、波動高く軽く、ルンルンの日常のメモです

「すでにある」がわからなくて八つ当たりして気づいたこと

いつでも受け取れるのに

いつも豊かさは流れているから

 

「すでにある」

「すべては完璧」

頭ではわかっているつもり

だから言葉を唱える

でもでも

嫌な現実にぐるぐる巻き

 

「ない」にフォーカスせずに

「望み」を語るのです

って言われても

 

「ない」から

それが欲しいって望むんじゃんか

「ない」にフォーカスしないで

「望み」だけ語ろうとしても

もともと

「ある」なら欲しいって思わない

「ない」から「望み」になるのにさ

「ある」なら望まなくていいじゃんか

「望み」は要らないじゃんか

 

なんにも「望み」などなくなるよ

全部あるならさ

 

「すでにある」なら

望まなくていいじゃんか

だったら

どんなにいい気分なんでしょうね

 

「望み」が全部「すでにある」なら

「すべて完璧」

「今。完璧じゃね?」

 

そうだったら さぞかし楽しいだろうね

 

そうか

そこだ

 

その さぞかし「楽しい」だろう

って思うところに

ちょっとつっこんでみればいい

 

どんな気分なんだろ

 

「望み」なんかなくていい

「全部ある」から

何も望まなくていい

 

嫌な現実が目の前を流れている

見たくないものが

勝手に流れている

それでも

 

「すでにある」

「全部が完璧」

 

じゃあ

流しておくだけで

そこにいちいち反応しなくていい

 

だって

べつにそんなもの見えても

「望む」ものは何もない

「ない」ものはない

 

嫌な気分になったとしても

思い出そう

 

そんなものどうでもいい

 

忘れないでよ

もう「ない」ものがないから

欲しいって望まなくてもいいんだって

望まなくても「ある」から

いつも「すべてある」の世界にいるんだから

 

むかつく~って思ったとしても

だけど

「全部ある」から

その嫌な気分も「実はそれで完璧」

なんじゃね?

 

だって

「ある」んだから

望むこともないってことになるんでしょ

 

「ない」から「望む」というよりも

「すでにある」から

その「すでにある」ことっていうのは

「望み」だったこと

 

「ない」から欲しいっていうとこ

切り離していいんじゃないの

その望みの原因は

「すでにある望み」を受け取るきっかけ

なだけで

原因に固執する必要はなかった

 

もとは

あいつのせい

あれのせい

くそくそくそ

って思ったっていいじゃん

それも完璧なことだったんだから

 

「くそおおおおお」って

思うこともあっていいんだ

そこから

「望み」を確認して

「すでにある」流れから

いつでも受け取ればいい

 

そうだ

あるんだった

 

だからもう望まんくていい

 

それが「ある」から

どんな気分かなぁ

やっぱり嬉しいよね~

 

嬉しい気分になれるなら

なんでもいいんだったね

 

同じ周波数のものを

探して

見つける

 

「望み」は「ない」

 

「すでにある」から「すべて完璧」だった

 

あいつのせいいで~

のろってやる~

って

神様にまで八つ当たりしてしまうのも

この

「すでにある」から

「望むこと」はないんだって

気づかせてくれたってことにして

 

「こうだったらいいなぁ」っていう

感情と同じ気分になれることを

探して見つけて

 

少しづつでも

波動を上げていくことを意識します

 

 

 

 

 

目の前の嫌な現実をかわすのなら

その見えているものから逃げればいい

かわすとは「逃げる」という意味もある

そうは言ってもね

とても苦しい思いをするのよ

 

だから

少しでも気持ちが楽になるなら

なんでもいいから

観なきゃならない画面の中に

「良い面」を探すことにしました

見つかるかな これに対しては

根深いものがありますからねえ

 

スポーツ選手の

息子が所属するチームの試合が

どうしても楽しめません

HCの采配がひどく勝ち星なし

それでもいつ出されるか

わからない息子の姿が映るならと

見逃したくもないわけです

観ていると

いらだち

怒り

憎しみ

恨み とういう感情に苛まれ

HCに対する恨み節に撮り付かれてしまいます

 

離れて住む息子の姿を見たいし

活躍したら嬉しい

しかし苛立ちのほうが優勢なのです

 

毎回 なんとか気を逸らそうと

好きなお菓子や飲み物を用意し

食事時とかぶれば

簡単な食事をしながら

食べることで気を逸らしながら

それでも怒りはそこまで

軽減されません

 

食べることは大好きなので

それで気を逸らすことはやめませんが

 

「良い面」を探すことを

意識してやってみます

 

このあいだも

苛立ち 怒りで胸糞わるかったですが

「今日も元気で走っていてよかった」

と言葉にしてみました

 

試合を観ているときは

苛立ちが強いですが

そこもなんとか

見えている画面の中の

どんなことでも

「良い面」を探しながら観てみます

 

「元気で走っていてよかった」

ということを見つけれたのだから

他にも

人に拘らなくても

「良い面」はありますからね!

 

 

 

 

 

 

お金の引き寄せができなかった理由

お金が必要だという理由に

焦点が向いていたからでした

借金を返済したいという理由で

願望を持つのはいいのですが

それが叶った時の気持ちではなくて

お金がなくて困っていて辛いという

そこに焦点が向いていて

その状態で「良い気分」になるように

妄想などしてしていたからでした

 

お金に困っていたのは事実です

本当に困窮して辛かった

あらゆることを1日中やりました

「辛い」思いのままで「良い気分」など

なれるわけない!

だから

神様、宇宙にやつあたりもしました

 

「良い気分」でいること以上に

大切なことはない

エイブラハムの言葉が

本当の意味で腑に落ちたのは

最近のことです

 

「良い気分」になれるならなんでもよかった

お金が欲しいという元々のことで

辛くなるくらいなら

そっちに気を向けずに

まったく関係ないことで

「良い気分」になれることを探して

見つけていればよかっただけのことでした

 

苦しいまま求めていても

苦しいままだったのです

どうしても

お金のことにだけむきになって

「無い」ところに気を向けていたので

引き寄せることはできなかったのでした

 

苦しいままで

数か月 どうにか過ごして

少しずつ改善しましたが

ずっと毎日が憂鬱でした

結局

必要なお金は引き寄せたわけではなく

あれやこれやとお金を捻出して

少しずつ返済したりしたわけです

 

「良い気分」になれることは

その願望と関係ないことで全然OKなんです

理由がどうであれ

お金がないのに

「お金があってしあわせ」とは思えないなら

お金がないことは関係ないところで

「良い気分」になれることを見つければ

よいのでした

 

自分ひとりでなんとか返済すると決めたので

時間がかかったけど

なんとかなったなぁと今は思います

 

「良い気分」でいることが

やっと理解できた今は

どうしても「いやな現実」に振り回されて

「嫌な気分」にどっぷり浸かってしまうときに

 

そうだ

なんでもいいんだ「良い気分」

今よりましな気分になれることは

なんだろう!!と

けっこう一生懸命 探します

 

直面しなくてはならない「嫌な現実」が

あるもので

これまではどうしても

恨みつらみ憎しみの感情で

その「嫌な現実」に抵抗していましたので

いつもずっと「嫌な現実」が続きました

なので

直面していてどうにか

少しでも 気を逸らすように

「こんな嫌な現実はつくりものだ」

「つくりものはニセモノだから」

「ニセモノなんか信じる意味なし」と

決めて

少しでも まし な気分になるものを

見つけます

すごく「良い気分」からは遠いですが

大好きな美味しいお菓子を食べまくって

少しだけ まし になるようにします

 

「嫌な現実」を目の前にして

「良い気分」になる妄想は

まだできないので

気を逸らすために

食べたり飲んだり 音を消すのも効果

ありました

 

とにかく

「良い気分」になるのには

現実も無視すればいいし

状況がどうであれ

なんだってかまわない

「良い気分」になるものを探して見つける

 

そのあとのことよりも

「良い気分」に

少しでも マシになる!

 

そんな感じで過ごして

これからどれだけ楽しく過ごせるかなと

思っています

 

明日はどんな面白いことあるだろ

 

最近は

プロ野球の試合が始まると

「今日の試合はどんな面白いことになるかな!」と

口角あげて言っています

途中がどんなんでも

最後に逆転したりして 面白いことがありました

これは

引き寄せとは違うかもですが

楽しかったから それでOKです!

 

 

 

嫌な思いさせられたなと思ったら

あ~。嫌な気分はつまらないねえ

と自分に声をかける

 

楽しく過ごすために

生きてるのに

嫌な気分のまま長いこと

いたくないねえ

 

でも浸かってしまう

 

それでいいんだよ

それは自然なこと

 

少しでも

嫌な気分を軽くしたいなら

言葉だけでいいから

自分が可笑しくなるようなこと

言ってみる

 

「私の人生はすばらしい」

「面白いことが起きた」

「私はなんて幸せなんだろう」

「よし、良いことがあるんだな!」

みたいな

 

心は伴わなくていいから

言葉を声に出してみる

心の中でもいいから

くり返してみる

 

つまんないなぁ よりも

「たのしいなぁ」と言ってるほうが

楽だよ

ほんと

 

くり返して言ってると

こんなつまらんのに

こんなつらいのに

なんで「たのしいなぁ」なんだよっ

って

思いながら

言い続けてると

 

可笑しくなってくる

 

先に 笑顔

先に 言葉

それで

創られるこれから

 

大昔

うすうす感じていた別れに

決定打を受けたときに

その場から離れて

部屋にいたので外に出て

歩きながら

 

「私の人生はすばらしい」と

小声でつぶやきながら歩いた

放心状態のような

ああそうだよねという気持ちで

全く感情はなかったけど

 

「私の人生はすばらしい」を繰り返した

 

どこがやねんっ

って思いながら

くり返した

 

外に出てカフェまで歩いて行った

その場から離れたことでも

落ち込みが軽減された

 

泣きたくなったら泣けばいいさと

自分に言いながら

「私の人生はすばらしい」とつぶやいてた

 

不思議と

わかっていた結末だったからか

失恋の涙は出なかった

 

その言葉がよかったかどうかは

わからないけど

気を逸らすことに意味があったと思う

どっぷり から

少しだけ離れる

 

つまらない思いから

少しでも気を逸らす

 

つまらんのがいやなら

つまらん思いに浸からなきゃいけないって

ことはないから

なんでもいいから

気を逸らすことを見つける

 

おいしいものでも

お笑いでも

映画でも

 

悲しみや悔しさに

どっぷり浸かるほうが楽なら

それでいい

 

楽な方を選んで

そこから

また進めばいいんじゃないかと

思う

 

なんでもいい

楽になる方

自分の機嫌がよくなること

 

自分の機嫌は自分で取る

 

 

現実に不機嫌になった時にやってみたこと

「なにこれ、つまんなっ」と

不機嫌に口に出した時

口もとだけ

歯を見せて笑いながら言ったのです

 

気持ちは 不機嫌、いらだちのまま

口もとだけ

笑って

「なにこれ つまんな」と繰り返して

言っていたら

少しだけ

機嫌がよくなりました

 

望まない現実が見えていて

そこに拘って

そこにはまってしまって

「う~~~」と

イライラしてしまっていることが

しょっちゅうありますが

 

その望まない現実は

つまんないから

気分が良くない

ということは

ホンモノではないと言うことだと

決めてしまって

よくできたホログラムだとか

自主映画なだけだとか

だから

むきになってもどうすることもできないんだと

思い出して

 

ひとまず

口もとだけ笑って

文句を言ってみたのです

 

口もとが笑っているだけでも

先に

笑うから幸せになる の方式と

似ているらしいです

 

だから

気に入らないんだけど~

つまんないんだけど~と

への字の口もとではなくて

笑った口もとで

心はいらついていてOKで

言ってみると

いらつきも減っていくのがわかります

 

不思議ですね

でも

屁理屈とか要らないので

少しでも機嫌がよくなるなら

なんでもOKですね

 

口もと笑っていたら

口もと笑ってしまうことが

現実に見えてくるんですね★

 

 

思ってたらそうなった話

プロ野球をながめていて

すごいチャンスな場面になって

夕食後の歯磨きをしていた

歯磨きしながら

 

こういうチャンスにこそ

次の選手が本日2本目のホームラン!

打っちゃってもいいんじゃな~い?

うふふふ~って

心の中で

声にも出さずに

そうなったらおもしろいなぁ~と

思っていた

そしたら

2本目のホームランで2点入ったのです

 

ほ~らね!って自分で自分に

言ってあげました

 

こうなったら嬉しいなぁっていう

その「嬉しい」って感情になって

うふふふ~って思っていたのでした

 

偶然ってことでしょうが

最近たまにあります

 

おもしろいこと起きたら

いいなぁ~

あ~なってこ~なって

こ~~~んなことになっちゃって

やば~

ってにやけていたりすると

まあまあ 面白い展開がやってきたりして

また喜ぶことができるのです

 

豊かさは感情の道だとエイブラハムの

言葉があります

本当に上手に

すぐに願望が叶った気持ちになれたら

なんて素晴らしいだろう

 

歯磨きしながら

軽く妄想してにやにやしていただけ

その妄想の中の感情は

必ずまた引き寄せられる

 

言葉ありきだから

できるだけ

声に出すのは良い言葉を意識する

できなくてもいいです

私は

よく「つまらん」とか言っちゃってます

それでも

何か小さなラッキーがあれば

大げさに喜ぶことにします

 

1221とかのなんてことない数字を

ふと目にしただけで

なんか「良い感じだわ♡」って

それで うふっ って思えば

自分をご機嫌にできてるじゃないですか!

 

ちいさな「うふふ」を大げさに

喜んでしまう

「らっきー!ついてる~!運がいいわ~」

って

自分のご機嫌をとりまくりましょう

 

望むことを引き寄せるには

いやだなぁ~と思うことから

気を逸らすことを意識する

「いやだなぁ~」にあまり

居座らないで!

だって「いやだなぁ~」って思うのって

つまんないからね!

つまらないのは つまんない

 

「楽しいな~」

「うれしいなぁ~」

「うふふ」

と感じることへ意識を向けまくる

 

「いやだなぁ~」がくすぶっていても

かまわない

そういうのもいっきに

無理に排除しなくてもいい

 

美味しいものでも

好きなことでもなんでもいい

 

気を逸らすってけっこう

効果があるんだなと気づきました

 

エイブラハムの言葉

 

目の前のことを気にしないで

「自分の波動」と願望が

一致するように

思い通りに想像してください

 

願望が実現したときの

自分の波動は

「うれしい」

「たのしい」

「しあわせ」などなど

 

それを今 探して見つけて

「うれしい」

「たのしい」

「しあわせ」などなどの

良い気分になろう

 

自分を「良い気分」にしてあげよう