宇宙系AYAKOの日常

宇宙系、スピリチュアル大好き、日々学び、波動高く軽く、ルンルンの日常のメモです

引き寄せどころではない日々

なんだか夏至くらいから

いきなり

やる気も気力も興味も消えて

だらけた日々を過ごしている

なんでこんななんだろう

自己嫌悪でますます「良い気分」は

隠れている

 

どうせ!だめなんだよ

どうせ!何もないんだし

どうせ!このままで終わるんだよ

 

やけくそ

全部が不愉快

これじゃあ、不愉快なことしか

起きないじゃないか!

もういいわ

一生 このまま不愉快で

不機嫌で生きりゃいいんでしょ!

 

毎日何をしようか楽しみで

誰といても自分のことできれば

それが嬉しいから

人のことなんかどうでも良かったのに

 

全然

ずべて

不愉快

 

邪魔しないでくれるかな

あたし人生

これ以上奪わないでくれ

何も良いことないよ

人の世話で人生おわるなら今で終わればいいじゃん!!!

 

不愉快のスパイラル

どうでもいいことに腹を立て

私の意思を無視されて腹を立て

ここにいる意味はあるのか!

 

私の人生 返せ!

 

くらいの 今の私の世界

 

自分でそれを創ってるって

言われなくてもわかってんだよ

だからどうした

「良い気分」になるために

楽しいことをしたいのに

何をしても

楽しくないんだから

むりに楽しもうすればするほど

苦しくなるんだからさ

 

楽しいことなんかもう探さなくていい

考えることが

すでにめんどうで苦しいから

考えたくない

考えたくないから

誰とも関わらない

しゃべることもしたくない

 

ひとりでいる時は

ホラー映画を観る

 

もう2週間そんななんでけど

それがどうした!!!

 

夏至のせいだから

私は悪くないから

機嫌悪くても 全然おっけー

どんどん不機嫌になるぞ

 

そしてまた不機嫌な現実が

やってくる

引き寄せは常にできている

 

それどころじゃないって言っても

ちゃーんと引き寄せてるんだね

 

さあて

不機嫌のタネって

すごく見つけやすいのよね~

 

これでいいのだ

満点なんだよこれで

すごくない?

 

「良い気分」も「感謝」もどうでもいい今の気分

無理なことしようとしても

どんどん

ひどくなって

生きてることすら

自分のことを否定するしかできなくなった

 

うらやんだり

にくんだり

妬んだり

自分を責めたり

そのくりかえしで

少しも楽しくないって感情を

オーダーしてるから

ずっと つまらん 

でももう

くたびれたから

 

「良い気分」も「楽しい感情」も

ましてや

「感謝」なんか むりなわけ

 

めんどくさいから

どうでもよくなって

悪循環だけど それを修正する気ももうないわけ

 

ずっとこのままでいいよ

もう

一生 つまらんままでいいよ

何も楽しくなくていいよ

感謝しろって言われたって

そんな気になれないんだから

感謝なんかしないよ

 

一生 このまま

つまらん気分で不機嫌で

もうそれでいいや!!!!!!!!!!

 

自由になりたくて

夢をたくさん叶えようと

良い気分になったりしてきたけど

今はもう くたびれた

 

よくがんばったよ

良い気分でいることもできたし

楽しく過ごしたときもあった

 

つかれちゃったんだよね

どうしても

なんか あと少しのところで

越えられないものがあって

そこをむりに頑張る気力が失せた

 

そうして

つまらんものをオーダーしてしまって

そんなじゃダメだとか

思うと よけいに辛いから

 

もういいことにした

 

つまらんでいい

ずっとつまらんでいいや

面倒なんだから

辛いなら

このままでいいや

 

考えるのももうくたびれた

 

何もできていない

何もしたくないまま半年

こんなんで

一生おわっちゃうのかぁ なんて

また悲しくなるだけだから

もう

何もしたくないなら

いっさい

何もしない

苦しくなることは しない

「エイブラハム」「引き寄せ」「潜在意識」

関連のことを

辛くていやになってしまうなら

 

何も考えないで過ごしていつことにした

 

考えないことが一番楽なんだ

 

どうにでもなればいい

何かどうなるかは知らないけど

もう無理に

「良い気分」「感謝」は

考えない

 

決めた

どれだけ自分が虚しくて悲しくなっても

やりたくないことはやらない

 

楽しむことができない自分で

ずっといる

面倒だから

なにもしない

考えない

 

どうでもいい今の気分でした

 

 

 

 

 

 

 

 

お金が払えなくなってから学んだこと

ひとつも叶いやしないじゃないか

もうどうでもいい ないものは無い

という開き直りが

現実はしらんという状態につながりました

 

3年前

お金が困窮状態で気がフレル手前でした

家族に打ち明けることもできなかった事情があり

自転車操業でパンクしました

 

それまでも「引き寄せ」「潜在意識」は

学ぶ機会があったけど

お金だけは強烈な執着と

苦しみの感情しかなかったために

支払いができるような大金は

入ることはありませんでした

 

苦しみながら

アファメーションしたり

おまじないしたり

塩呪いしたり

 

お金の引き寄せに効果があるという

その話をできることは片っ端から

やっていました

苦しみながら

泣きながら

神様に切望しながら

だけど

完済できるようなことは

引き寄せられませんでした

 

苦しんでいたから

笑うこともなく

お金のことばかり考えていたから

 

督促の電話が恐ろしくて

「支払ません」の連絡ができなかったり

督促の手紙を家族が見ないように

郵便ポストのチェックを何度もしたり

 

それでも

「支払えません」の額が膨大になっていたので

とにかく連絡するしかない

5か所ほど「払えなくなりました」の電話をして

数千円でも振り込みながら

次の約束をしてまた連絡することを繰り返し

2か所は3か月かけて完済できる金額で

2か所は連絡したらすぐに簡単に毎月払える金額に

下げてもらい 

1か所は額が大きすぎて

裁判所を通さないと利息だけが増え続けてしまうと

計算してくれて

法的手続により利息がなくなり元金のみの

分割払いになりました

 

結局は

苦しい感情のまま

引き寄せようとしても

同じことの繰り返しで

苦しまずにできたかと言えばきっと

お金に関しては断末魔状態のじぶんには

無理だったんだと思われます

そしてもう

どうでもよくなって

 

無いものは無い!!!!!!

煮るなり焼くなり 好きにしろ!!!!!!

そんなふうに

諦めというか開き直り

 

連絡して脅されるのが恐ろしかった

怒られるのも恐ろしかった

自分がばかだったんだとわかっているから

責められるのが恐ろしかった

そんな状態の中で

「良い気分」になることはできませんでした

 

開き直ってから

「支払えないのでどうとでもしてください」くらいの

意気込みで連絡したのですが

連絡をしたほうが 楽でした

 

こんなふうにおだやかに

対応してくれるんだなと初めて知りました

 

無知なことっていうのは怖いんですね

 

現実を無視して

「良い気分」でいることが

一番の解決法でした

 

苦しみながら

アファメーションしても

妄想しても

苦しみの感情が消えなければ

「良い気分」になれなかったわけです

 

「良い気分」になれるのなら

現状がどうであれ

関係ないということを学びました

 

開き直ることしかできませんでしたけれど

いまだに

お金に関することは

叶っていないので

すでに 面倒になっています

 

現実逃避でいいじゃないですか

気がフレル手前は 開き直りな自分が

ちょっと怖かったです

自分で「やばいな」と思えたことが

掬いでした

 

楽しい人生を復活させる現実逃避完全マニュアル   : ストレスで押しつぶされそうなあなたへ  逃げて逃げて自分を守れ

 

 

 

 

そうは言っても先の不安でいやな気分

そんなんでもいいんだ

そうそう

しょうがないじゃんか

不安になって心配になるって

ごく自然のことで

それをななんとか解決しようと

思ってるだけのこと

 

嫌な気分の自分が悪者なわけではない

 

ひらきなおってもいいんだ

「ないものはない!」

「不安なんだよ文句あっか」

って

自分のことを責めてしまっても

それはそれで

無理に自分を創らなくたっていいんだよね

 

少し待ってあげたら

そういえば

自分は今 どうしたんだっけ

嫌な気分のままは嫌なんだっけ

 

そしたら

何が嬉しいかな

美味しいものかな

観たい映画かな

やりたい遊びかな

歌かな

 

それに意識を向けることが

できるようになるんだから

大丈夫なんだよ

 

変化することだけが 変わらないこと

 

これでいいのだ

自分はいつも 100点満点

 

自分ありがとう

 

 

「与えたものが受け取るもの」が哀しい時

自分=世界

鏡の法則

与えたものを受け取る

 

自分は雑に扱われてるなぁと

どうせそんな扱いよね

ってたびたび思うのは

 

自分が誰かのことを雑に扱ってるからか

 

私個人が嬉しいと感じることを

誰かにしてもらうこともないなって思うのは

誰のことも嬉しくさせてないからか

 

家のことを当たり前にして

苦手な家事も延々にやり続けて

なんのご褒美もないのに

文句をひとこと言えば

逆切れされたりするのに

 

全部 自分が与えたからか

 

母親が私の言うことを

全力で全否定してくるのも

私が母を否定しているからか

 

褒められたことがないのも

褒めたことがないからか

 

つまらないという思いで過ごす自分

イコール

世界ならば

つまらないだけの世界に居続けるのか

 

なんだか 哀しいだけの時もある

 

シナリオ「詩人のAYAKOさんに聞いてみました」

インタビュアー

今日は詩人のAYAKOさんをお招きしています。

よろしくお願いします。

 

AYAKO

ありがとうございます。よろしくお願いします。

 

インタビュアー

詩人でいらしゃるAYAKOさんは

いつ頃から詩を書き始めたんですか?

 

AYAKO

たぶん中学1年生くらいの時から

書くようになってノートに10冊くらい

あったと思います。

 

イン

中学1年生なんですね。

それは毎日書いていたんですか?

 

A

ほぼ毎日だったんだと思います。

何も考えずに、言葉をつらつら

思いつくまま書いていたように思います。

 

イン

そうなんでうすね!

それをどこかに発表されるとかは

したんですか?

 

A

まったくそんな考えもなくて

ただ書き溜めていただけでした。

ずっと手元にあったのですが

結婚で家を出る時に処分したかどうか

覚えてませんが

今は2冊しか残ってません。

 

イン

ずっと書いていたのですか?

 

A

学生のときにたまに書いていました。

成長していくうちに

他に楽しいことを覚えて

詩を書く時間もなくなっていきましたね。

 

イン

それでまた書くようになったきっかけは

あるんですか?

 

A

引っ越しでうずもれて視ることがなかった

残っていた3冊のノートが出てきまして

何十年も前の自分の言葉を読み返して

また書けるといいなぁと思ったのがきっかけです。

 

イン

そうなんですね!ノートを見たことは

運命的な気がしますね!

そして詩人という位置になられたのですね。

 

A

自分でも、そうか「詩人」かぁ

みたいな感覚でした。

 

イン

最近は頻度は毎日だとお伺いしてますが

どんなふうに創作するのですか?

 

A

そうですね、毎日午後2時が締め切りになっていて

ありがたいことに日々 詩に触れています。

創作するときは、だいたいは 「いきなり」ですね。

 

イン

いきなり なんですね?

 

A

はい、他のことをしているときに

ふっと言葉が浮かんでくることがあって

その言葉が頭から離れない時には

すぐにメモをしておいて あとから繋げてみたり

それか、そのまま他のことを中断して

いきなりノートに書き始めてしまうんです。

 

イン

それは創作する場所や静かな環境で始めるのですか?

 

A

それがそうでもなくて

立ったままでも、テレビの音があっても

静かでなくても テーブルでなくても

言葉がどんどん出てきて それを書いているんですね。

自分は、書くときは、静かでなくてもどこででも

書けるということに気づきました。

 

イン

集中しているということなんでしょうか!

言葉が出てくるっていうのも魔法のようですね!

 

A

そうですね、自覚してないんですけど

書けるときは考え込まないで書いてます。

無理していない感じですね。

 

イン

創るコツのようなものはありますか?

 

A

言葉に触れる時間を作るようにしてます。

本を読むことも国語の総合力を養うので

言葉も書き方も学べますね。

いろんな方のたくさんの詩を読んでいきたいと

思ってます。

もともと詩を読むことが好きだったのかも

しれません。

感覚的に過ごしているんで抽象的ですみません!

 

イン

抽象的なところが詩人AYAKOさんなんだと

感じました!

これからも書き続けてください!

ありがとうございました。

 

A

はい、ありがとうございました。

 

いいことはすべて「妄想」からはじまる!: ”ワクワクな未来”をすんなり引き寄せる方法 (王様文庫 D 89-1)

 

「好きだから」ビスコを選んだ時

欲しいものを選ぶことは

「良い気分」のため!

ビスコを食べて喜ぶ未来を創った話

 

母親のもとに遊びに行き

一緒にスーパーで買い物したとき

ビスコのバター風味を見つけて

それを手にとったら

母親が

「そういうお菓子なら家にあるわよ」と

言ってきた

それでも私は

「これ好きだから食べたいの」と

ビスコを買った

 

母親の言う「そういう」とは

クリームサンドのクッキーのことであり

ビスコではない

 

これまでの自分なら

その代替品があると言われれば

「じゃあいいか」とビスコは買わなかった

ずっとそうしてきた

 

代替品があるなら

「好きなもの」ではなくて

それを選んで

またその「好きなもの」が欲しいまま

過ごしてきた

 

ビスコを選ばずに母親の言う

代替品を食べていたら

やっぱりまたビスコが恋しくて

代替品の大袋のクッキーなど

ちっとも嬉しくはないのだ

 

クリームサンドクッキーなら

なんでもいいわけではなくて

ビスコのバター風味が食べたかった

だから

いつもは妥協案を取り入れていたが

そのときに

ここでビスコを諦めたら

「良い気分」になれそうもないと

判断して

母親の代替案を採用しなかった

 

母親はいつもなら代替案が通るのに

「ああ、そう」と少し不満げだった

 

でも気にしない

私は 「好きなほう」を選べたんだ

 

ビスコのバター風味を食べれることに

「良い気分」だったんだ

 

ほんのささいなことだけど

成長で来たなと謎に嬉しかった話