宇宙系AYAKOの日常

宇宙系、スピリチュアル大好き、日々学び、波動高く軽く、ルンルンの日常のメモです

豊かになるには「自分自身になる」

自分自身になることが

願望実現することだった

豊かになりたかったなら

自分自身になることで

豊かになれるんだった

 

「自分を大事にする」って

ことが

自分の望みを叶えてあげることだったね

 

本当に欲しいものは どっち?

食べたいものは どっち?

 

ずっと

ほとんど叶えてあげれてなかったね

「また今度にしようっと」

「こっちのが安いからこっちにしよう」

「またでいいや」

「今度でいいや」

「あとでいいや」

後回しにしてきたこと

たくさんあったね

 

本当はハーゲンダッツが食べたいのに

そばにいる人が

「そんな高いのもったいない」とか

「アイスなら買ってあるのがある」

「自分はいらないから勝手に食べれば?」とか

そんなふうに言われて

なんでか知らないけど

 

その代替品で我慢してきた

ずっといっつも

代替品があるから

誰かの用意したもの

誰かがケチつけるから

そんなふうに言われたくなくて

 

代替品

 

自分を我慢させてばかりなのに

それでいいやと言い聞かせて

アイス売り場を通るたびに

ハーゲンダッツ食べたいな、いつか」

って目で追いながら通り過ぎてきた

 

そうして

満たされることを

自分にしてあげれなかった

不満がたまっていることにも

気づかず

心が満たされないままでは

望む現実を引き寄せようとしても

 

なんか 足りない

まだ 足りない

 

そんな繰り返し

そりゃあそうさ

 

心が まだ満たされてない

また我慢して代替品を選んでしまって

その心で

引き寄せられても

 

なんか 足りない ままなわけさ

 

自分自身になるって

わがままとか関係ないよね

 

我慢させてる自分が

かわいそうすぎる

 

自分自身になるってことは

「自分はどうしたいのか」

「良い気分になる」

って

ことだったんだよね

 

小さなこと

すぐに叶えてあげられること

たくさんあったよ

 

コンビニでホイップたっぷりの

スイーツがあって

それが食べたかったから

買ってきた

いつもなら

400円のスイーツの代替品

150円のシュークリームで

 

我慢 してきた

 

食べたいからじゃなくて

安いから

選んできた

 

そうやって我慢してるうちは

いつまでたっても

代替品では満足しない

 

もうそんなふうに自分に我慢させるの

やめようよ

我慢するって

良いことなのか

 

わがままって なんなのか

 

それは自分ではなくて

他人軸で考えてるからそう思ってしまう

のかと思う

 

めんどくさいよ

いちいち

食べたいもの食べることで

満足できるのに

なんのための我慢なんだろうって

思ってしまう

 

節約っていうのも

納得しているならそれでいいけど

 

本当は

自分自身は

こっちが食べたいのに

それを我慢した分は

自分の中に不満というか

不足となって溜まっていく

 

なんかさびしいね

そんなの繰り返してきて

本当にごめんね私

 

めったに叶えてあげれないまま

時間を過ごしてきて

今頃になって

 

もうどうでもいいや

って

生きてても何にもないや

って

思うようにさせてしまって

ごめんね

 

豊かになるのには

自分自身を大事に

身近なことで自分の願望を叶えて

それを増やして

満たされていれば

自然と

心は豊かになって

まわりにも「豊か」な自分になれて

 

たくさんのことが

叶えてあげられることが

嬉しくなって

楽しくなって

その波動が

同じものを引き寄せる

 

まず

自分自身を満たしてあげよう

 

 

 

 

自分の都合で何が悪い

自分にとって

いやだなと思うこと

見たくないし

気にしたくないことは

 

自分の好きに

勝手に

自分が嫌な思いしないように

書き換えればいいです

 

自分の都合のいいように

解釈してはいけない

って

よく聞くけど

 

自分が嫌な思いしないために

自分の中だけで

誰かに言ったりしたりしなければ

自分の頭の中は

自由なんです

 

大切な人に

嫌な思いをさせたくないなら

その大切な人が

嫌な思いすることを

全力で

消してあげたい

 

それなら

自分のために

書き換えましょう

 

なんか

あの人の態度が悪くて

気になるな

なんかあったのかな

私がなんかしちゃったかな

 

って

気にしている自分は

楽しくありません

 

気にしていても

その人は態度が変わりません

それなら

気にするのをやめます

 

その人は

その人の中だけで

勝手に嫌な態度なんです

あなたは

無関係です

 

何かしたわけじゃないのなら

気になるけど

気にして自分を嫌な思いにさせなくて

いいんです

 

自分が嫌なものは

見ない

聞かない

信じない

 

自分が信じたものが

見える

聞こえる

 

嫌な思いさせる物事

させる人のことは

自分の 都合のいいように

勝手に

好きに

自分の頭の中で

書き換えてしまえばいいのです

 

大昔

テレビのインタビューで

若い女の子が

「あした死んじゃうかもしれないんだから

今を楽しまなきゃ」と答えているのを見て

そのころの私は

未熟者で

 

「なんて無責任なんだろう」と

思ってしました

 

今は

まったく違います

 

「今を楽しむことが一番大事」

「今しかないんだもんね」

思っています

 

その時の若い女のコが

どんな心情だかは知りませんが

 

先の不安を心配してばかりいるのが

立派な人

みたいな雰囲気が

よく見受けられますが

 

なぜ

先の楽しみを思い描いてはいけないんでしょう

 

思い描けば

「今 気分も楽しくなる」 のにね~

 

 

 

ネガティブ報告が習慣になっているからそうなる

ひさしぶりに知り合いから

ラインが来た

 

「すべての人が嫌いになりそうです

 パチンコではご加護があるのに

 疲れたと100回言っても足りません

 気力が戻りません」

 

挨拶もなく

いきなりこの文面を

よこすその人

 

ずっと前から

私を仙人だとでも思っているのか

こんな

いきなりのネガティブ報告を

たまにしてくるのです

これは

ネガティブ攻撃と思われます

 

自覚はないと思いますが

受け取る相手のことなど

おかまいなしに

ネガティブ報告をして

 

こちらからの返事には

既読するだけで

また

音沙汰なしです

 

攻撃するだけしたら

気が済むみたいです

 

その人は

数年前から

この攻撃を繰り返しています

 

いつも

ネガティブ報告を

ぶつけてくるのです

 

だから

ずっと

ネガティブ報告することになるのです

 

いつもその波動で

ネガティブなことだけ

並べ立てているから

また

同じことを言うしかなくなることに

なるのです

 

その報告のあとに

自分がどうなりたいのか

それは報告しないから

永遠に

ネガティブ報告するしかないのです

 

いきなり

ネガティブ攻撃されても

こちらは

同じ次元にはいないので

そんな「ひっかけ」には

びくともしませんが

 

なんのために

ネガティブ報告をしてくるのか

ただ

聞いてほしいだけ

つぶやきたいだけ

その程度の軽い気持ちで

いきなり

ぶつけてくるのかもしれません

 

パチンコでご加護があるなら

それでいいじゃないですか

 

そのひとは

もともとたくさん稼いでいて

賭け事に強いんだと

聞いてもいないのに

報告してきたりするのですが

 

何を言いたいのかわかりませんが

以前は

私にはお金が足りなくて

厳しい状態だったことがあり

その時に

そういう「儲かった」話をされても

内心むかつくだけだったのです

 

それ以前に

そういう「お金たくさんある」的な

話を

こちらから聞いてもいないのに

自慢したいのか知らないが

話してくることが

イライラの元でした

 

私は 他人の言うことを

真に受けることはありません

良いことを並べられると

信用できなくなるからです

というか

外の世界の人の言うことを

聞くのはつまらないのです

 

ホンモノじゃないから

外側の世界は

私にはなんの影響も及ぼさないことだから

不要な話は

受け流すだけなんです

 

なので

ネガティブ攻撃してくる心理は

たんなる気まぐれなんだと

そこまで重大な状況ではなくて

特に意味はないんだと

捉えるようになりました

 

自分が創り出したネガティブな世界を

気まぐれに

ぶつけられても

対応もする気になれず

たとえ返事をしようと

それには反応しないという

 

投げっぱなし

ぶつけっぱなし

そんなふうに

扱われたのかと思い

 

即 シャットアウトしてしまうのです

 

そんな相手なら

まともにアドバイスも不要だし

周りが何を言っても

聞いてはいないのだから

 

同じ土俵に立つ必要もない

というか

わざわざ

その人の土俵まで

こちらが

降りていく必要もないわけです

 

ネガティブ報告をぶつけることが

習慣になっているのだから

これから先も

ずっと

ネガティブ報告をすることが

続くのでしょう

 

外側にネガティブをぶつけても

自分がまたネガティブを受け取るだけ

ということに

気が付くこともないのかもしれません

 

与えたものが受け取るもの

 

ネガティブ攻撃を

外側に向けるのではなくて

自分がどうしたいのかだけが

問題なんです

 

外側に求めても

なんにも 解決しない

ぶつければぶつけたものが

自分に返ってくるだけ

 

外の世界のことを

自分の思い通りになんか

 

絶対に できません

 

むりに思い通りにしようとすると

意地悪だったり

嫌がらせだったりすることになり

すればするほど

自分自身の心が歪んでしまんです

心が歪んで

顔まで歪んでしまうんです

 

ネガティブ報告するよりも

自分がどうしたいのかを

考えてください

 

 

 

 

 

「どうせ私なんか~」のその後は「先取り」で

「どうせ  良くなる

 

って付け足して置こう

 

思ってなくてもいいから

「どうせ私なんかいなくていいんだ」とか

自己肯定感ひくくて悲しくて

つぶやいてしまったら

少しだけ

意識してみて

 

「どうせ良くなる」って

ひとまず足しておく

そんな癖をつけておくと

少し楽になる

 

うまくいかなくて

くやしくて

さびしくて

かなしくて

 

「どうせどうせどうせ」って

言葉は否定的でよくないって

わかるんだけど

言ってしまうことある

言ってしまって

その自分を責めるなんて悲しいから

言った後でいいから

 

「どうせ 良くなる」って

付け足してしまおう

 

「どうせ」のあとに

「良くなる」って言ってもいいじゃんか

 

思ってなくていい

言うだけ

言ったもん勝ち

 

しょっちゅう

「どうせ私はだめやろう~」って

言ってしまう

けど

思い出したら

 

「どうせ 良くなるらしいから~」と

他人事のように

付け足して声に出す

 

無理に

明るく前向きなことを言わなくても

いいじゃんか

 

言えない

言うと苦しくなるなら

言わなくてもいいじゃんか

 

そう決めたんだ

 

良い言葉を言えば

良いことがやって来る

 

先に笑ってれば

幸せがやってくる

 

おかしくなくても

なんにもなくても

なんかつまんなくても

口もとだけ

にっこりして

鏡を見て

 

歯を出して

にっこりする

目は笑えなくてもいい

口もとだけでいい

 

歯を見せて笑ってる口もとだけ

 

朝に

顔を洗う時

どんよりした気分でいても

 

口もとだけ笑ってみると

ちょっとだけ

どんよりが 和らぐよ

 

先取り

って

意味あるんだね

 

いっきに明るくならなくてもいいのさ

なにかつまんなくても

 

それがどうした

これでいいのだ

 

で。

私はどうしたいのかを

確認する

 

私は どうしたいのか

他の誰でもなく

 

自分自身が 「どうしたいのか」

 

 

 

 

望みの波動がうっかり違ってたかも?

「新しい車が欲しい」という望みだったのに

「どんな新車でどこに行こうか」という妄想ではなく

「古くなったし燃費もよくないしそろそろかな」という

今の車の欠点を探しだしてしまってた

それは

「新車が欲しい」という願望そのものの

波動じゃなくて

「願望が生まれた理由」に基づく波動だった

だから

新車が引き寄せられない

 

「ない」状態ではなく

対象そのものに関心を向ける

 

明確な願望を放ったとしても

願望そのものではなく

「願望が生まれるきっかけ」となった

正反対の状態に焦点を戻してしまうことがある

 

だから

お金に困窮していたとき

長いこと

どれだけ望んでいろいろやって

「良い気分」とかうまくできなくて

苦しんでたのは

 

願望そのものの波動ではなくて

「お金がない」「お金が必要」

「お金が欲しいきっかけ」

まさしく「ない」状態に関心が

向きっぱなしだった

そのうちくたびれ果てて

やればやるほど苦しいなら

なにもしないほうが楽だと思い

 

どうにでもなればいい

という感じで

「お金がなくて困ってる状態」に

埋もれていた

 

お金を手に入れて

フワフワ喜んでいる波動が

出せなかった長いこと

 

「どうしてこんなことになってんだ」と

「お金がない」ことについて

考えていたから

だからお金が必要なんです神様!!!!!!」

って祈ったりしていたから

 

こんな苦しんでいても

これがずっと続くんだろうなと

うすうすわかって来るのだけど

「お金がある」波動にはなれなかったなぁ

 

状況は問題ではない

問題なのは

私の在り方だけだ

私は何を望むのか

定義しなおしてください

 

バシャールの言葉が繰り返される

 

現状。状況は問題ではなく

感じ方に注意して

「気分のよくなる方向」に

思考を向けることでに

「無情の幸福」の波動との調和に

再び達することができます

 

エイブラハムの言葉を繰り返す

 

「現実はしらん」とつぶやき

妄想の中のルンルンの私に

思い切り浸って

その私の感情が波動 周波数

 

それに合ったチャンネルから

望むものが見える

 

現実はあとからついてくる

さきに

感情

 

「望みが生まれたきっかけ」ではなくて

「望みそのもの」の波動

 

うっかりしてること よくあります

苦しい時には特に

現状に溺れ続けてしまうけど

気づいたら

そこからちょっとだけ離れて

「願望そのもの」を確認しましょう

 

 

 

 

思い通りにいかないのは「ひっかけ」だから

思い通りにしたいのに

そうならなくて

苦しいのは

自分ではなくて

外側のことを一生懸命

変えようとするから

自分の内側以外

どうにもすることはできない

 

「~してくれない」という思いは

さびしさだったりするけど

「あの人」が「こうしてくれない」から

どうにか「してほしい」と

外の「あのひと」を動かそうとしても

「あの人」は思い通りに曲げようとしても

曲がらない

曲げらように思えても

すぐにもとに戻る

 

思い通りにいかない「ひっかけ」に

ひっかって

そのまま「ひっかけ」そのものを

どうにかしようとして

ずっと

ひっかかったまま時間は過ぎてしまう

 

なんか嫌な気分になったら

「は?またひっかけ?そんなもんに

人生の貴重な時間は与えてやらないよ!!」と

宣言して

その「ひっかけ」は無視して

自分自身が楽しめることを探して

見つけて

楽しい時間を過ごしてればいい

 

外側にばらまかれた「ひっかけ」に

いちいち

手間取る必要はない

 

楽しく過ごしたいんだ!って

決めて

「ひっかけ」は本来の自分は

求めていないし

「良い気分」にならないことだから

ただのアクセント

 

自分の周りは外の世界だから

そこにいる人は「外側の世界」の人で

その人がどんだけ

つまらなそうにしてようと

不機嫌にしてようと

それに影響される必要もない

気にかけて

自分の気分まで「外の人」に

合わせる必要もない

 

思い通りにいかないことは

それはそれだけのことで

どうにか自分で

思い通りにしようとしなくていいし

それはできない

もうすでに

「ひっかけ」として流れているだけ

だから

手を加えても

やっぱり思い通りにはならない

 

どうして人は

自分以外の人のことを好き勝手に

思い込んで

決めつけて

「こうあるべき」っていう意見を

押し付けたりするんだろう

 

子供の部活の保護者のひとりが

「新入部員にやる気を出させるには

どうすたらいいのか?」と

大きなお世話な発言をして

意見を求められたことがあり

その時に

「本人がそういう気持ちにならない限り

何を言っても意味はない」と

答えたことがありました

 

顧問の先生でもない

保護者の立場で

他人の子供さんたちのやる気がないって

観ていて腹を立ててるって

どんだけ

外側に自分を置いちゃってるんだろと

思いました

 

四六時中スマホ片手に

人と食事していても

フォローしている何十人ものSNS

スクロールしているとか

 

外側にしか意識が向いてないんかいって

思うのです

他人のつぶやきが

しかも大勢のつぶやきが

そんなに楽しいいのかなぁ

 

その言葉に一喜一憂して

自分のことはからっぽなのだろうか

真実かどうかもわからない情報で

頭でっかちになりそうですな

 

ま、どうでもいいけどね

それがどうした

だからどうした

 

 

 

 

 

不満つぶやいたら「どうせ良くなる」と言う

「どうでもいい、どうせ良くなる」

 

しょっちゅう

ぶつぶつ不満をつぶやく癖が

ついている

 

言いたいのだからいいんだ!

って思って

言ってることは

また言いたくなるんだって

よくわかっていながら

ひとりでつぶやく癖が治らなくなった

 

おかげで1か月くらい

どんより波動でもう飽き飽きなのに

 

また不満つぶやいてるよ

 

その時に

こんな小さな不満をいつも

つぶやいていられて

「私って なんて幸せなんだろう」と

声に出した

 

心から言っていない

ただ

なんにもなくて幸せだから

くだらない不満もつぶやける

そう思って

心から感謝とかまるでなくても

 

「私ってなんて幸せなの」と

声に出してみた

 

そうして

そのこともどのこともなんでもいいや

「どうせ良くなる」と

ただ声に出した

 

また不満が出たよ

どうでもいいや

 

「どうせ良くなるから」

 

「どうでもいい どうせ良くなる」

心から思ってはなくて

ただ

言葉を声にした

 

また不満つぶやいたな

いいやもうどうでも

どうせこんなんだし

無理して感情を上げなくてもいいよ

なげやりな気分でいることにも

飽きてきたから

 

「どうでもいい どうせ良くなる」

って

くり返して声に出すことを

気にしてみることにした

 

また

そのうちに

落ち着いて

エイブラハムなどの言葉を

本や動画から学べる時が来る

 

焦らなくていい

 

少しづつ

 

どうせ良くなるからさ