宇宙系AYAKOの日常

宇宙系、スピリチュアル大好き、日々学び、波動高く軽く、ルンルンの日常のメモです

思い通りにいかないのは「ひっかけ」だから

思い通りにしたいのに

そうならなくて

苦しいのは

自分ではなくて

外側のことを一生懸命

変えようとするから

自分の内側以外

どうにもすることはできない

 

「~してくれない」という思いは

さびしさだったりするけど

「あの人」が「こうしてくれない」から

どうにか「してほしい」と

外の「あのひと」を動かそうとしても

「あの人」は思い通りに曲げようとしても

曲がらない

曲げらように思えても

すぐにもとに戻る

 

思い通りにいかない「ひっかけ」に

ひっかって

そのまま「ひっかけ」そのものを

どうにかしようとして

ずっと

ひっかかったまま時間は過ぎてしまう

 

なんか嫌な気分になったら

「は?またひっかけ?そんなもんに

人生の貴重な時間は与えてやらないよ!!」と

宣言して

その「ひっかけ」は無視して

自分自身が楽しめることを探して

見つけて

楽しい時間を過ごしてればいい

 

外側にばらまかれた「ひっかけ」に

いちいち

手間取る必要はない

 

楽しく過ごしたいんだ!って

決めて

「ひっかけ」は本来の自分は

求めていないし

「良い気分」にならないことだから

ただのアクセント

 

自分の周りは外の世界だから

そこにいる人は「外側の世界」の人で

その人がどんだけ

つまらなそうにしてようと

不機嫌にしてようと

それに影響される必要もない

気にかけて

自分の気分まで「外の人」に

合わせる必要もない

 

思い通りにいかないことは

それはそれだけのことで

どうにか自分で

思い通りにしようとしなくていいし

それはできない

もうすでに

「ひっかけ」として流れているだけ

だから

手を加えても

やっぱり思い通りにはならない

 

どうして人は

自分以外の人のことを好き勝手に

思い込んで

決めつけて

「こうあるべき」っていう意見を

押し付けたりするんだろう

 

子供の部活の保護者のひとりが

「新入部員にやる気を出させるには

どうすたらいいのか?」と

大きなお世話な発言をして

意見を求められたことがあり

その時に

「本人がそういう気持ちにならない限り

何を言っても意味はない」と

答えたことがありました

 

顧問の先生でもない

保護者の立場で

他人の子供さんたちのやる気がないって

観ていて腹を立ててるって

どんだけ

外側に自分を置いちゃってるんだろと

思いました

 

四六時中スマホ片手に

人と食事していても

フォローしている何十人ものSNS

スクロールしているとか

 

外側にしか意識が向いてないんかいって

思うのです

他人のつぶやきが

しかも大勢のつぶやきが

そんなに楽しいいのかなぁ

 

その言葉に一喜一憂して

自分のことはからっぽなのだろうか

真実かどうかもわからない情報で

頭でっかちになりそうですな

 

ま、どうでもいいけどね

それがどうした

だからどうした